I wanna be a CAT!!!!!!

猫に生まれ変わりたい人のブログです。小説書いたり何か言ったりします。

エピソード1 ”魔導“の世界

新暦75年。

 

静かな朝を迎えるミッドチルダにあって、騒々しい一室があった。時空管理局遺失物管理部機動六課の隊舎にある、ティアナ・ランスタースバル・ナカジマの部屋である。

 

「何すんのよ、バカスバル!」
「うわぁ!」

 

二段ベッドの上から突き飛ばされたスバルが背中から落ちる。

 

「ひ、ひどいよティア……痛たた……」
「何言ってんのよ、人一倍頑丈なくせに」

 

目が覚めたらスバルに胸をもまれていた。同性だからいいものの、男だったら魔力弾を何発も叩き込んだ上で然るべきところに突き出してやるところだ。投げ飛ばすくらいで済ませていることを感謝してほしいくらい。

 

そう考えながら梯子を下りてきたティアナが軽い蔑みを含んだ目線を投げる。とはいえじゃれ合いのようなものなので、本気で怒っているとか憎んでいるとかではない。ティアナは認めたくなかったが、訓練生時代から何度も繰り返したこのやり取りがルーティーンとなって自分のなかに組み込まれているのは事実だった。断じて認めたくはなかったが。

 

いつも通りと言えば、いつも通り。これから朝の走り込みに行って、朝食をとり、業務をこなしながら訓練でボコボコにされる。出動がかかれば、ガジェット・ドローンと戦い、帰ってきたらデブリーフィングと報告書の提出をして、疲労した身体を労わりながら眠りにつく。そんな管理局員としての一日が始まるはずだった。

 

立ち上がったスバルが何か言いかけた瞬間、聞きなれない警報が二人の耳に飛び込んできた。

 

緊急出動のアラートではない。ティアナもスバルもそれの意味するところが一瞬わからなかったが、直後のアナウンスが思い出させた。

 

これは、庁舎に直接危険が迫った時の警報だ。

 

〈近傍に次元転移反応、何か来ます! 到達推定時刻まで……あと8秒!?〉
〈総員対ショック姿勢! 伏せぇ!〉

 

ロングアーチ隊員の悲鳴じみた声と、部隊長の怒鳴り声交じりの指示が降ってくる。

 

スバルとティアナは頭を抱えたまま床に伏せて衝撃に備えた。どこに何が現れるかわからない以上、こうするほかにできることはない。

 

次の瞬間、地震のような衝撃と打ち寄せる波が機動六課の施設を襲った。

 

生命の危機を覚悟したスバルだったが、揺れはすぐに収まった。部屋を見渡すと机の上の小物がいくつか落ちたり倒れたりしただけで、致命的な崩壊や大きな落下物などはないようだった。

 

周囲の状況を確認したスバルは危険がないことを認めて立ち上がった。

 

「ああ、びっくりした……。ティア、大丈夫?」
「ええ、なんとか。あんたこそ怪我とかない?」
「うん」

 

ティアナのつんけんとした態度の裏に気遣いを感じて口元が緩む。普段なら「なににやけてるのよ」と照れ隠しの手刀が飛んでくるところだったが、ティアナはスバルの顔を見ずに窓際に駆け寄ったから、いつものやり取りはできなかった。

 

期待したじゃれ合いができず、スバルは少しだけむくれた。

 

「なによあれ……」

 

カーテンを開いて外を見たティアナが困惑に眉をひそめてつぶやく。その横から外を覗いたスバルも驚きのあまり目を見開いた。

 

その視線の先には、遠目からでも巨大とわかる鈍い銀色のロボットが海の中に鎮座していた。どことなく龍を思わせる顔部が圧倒的な存在感を放っている。昨日まで存在しなかった物体が突然見慣れた風景に現れる異常事態に、強い違和感を覚えた。

 

「ねぇ、ティア……」

 

あれ、何だろうね。

 

スバルのその言葉を招集アナウンスが遮った。

 

〈スターズ分隊並びにライトニング分隊は、至急第二会議室へ集合してください。繰り返します……〉

 

スバルとティアナは顔を見合わせて手早く身支度を整えると、各々のデバイスをもって廊下に駆け出した。

 

 ※ ※ ※

 

待機していたスバルとティアナ、そしてエリオ・モンディアルキャロ・ル・ルシエ、他数名の局員の前に八神はやて部隊長以下機動六課の首脳陣が姿を現したのは、招集から30分が経過したころだった。ちなみに、フェイト・T・ハラオウン執務官は任務から帰投している最中で、ここにはいない。

 

はやてはすでにそろった面々を見渡すと、独特のイントネーションで話を切り出した。

 

「みんな、お待たせして悪かったなぁ。とりあえず、今朝発生した次元転移反応に絡んだ現状を報告します。まず、我が機動六課が受けた被害やけど、庁舎に損害なし。人員も、ちょっと転んだ人とか頭ぶつけた人はいるけど、重傷者はおらん。海際にあった機材のいくつかは波でお釈迦になっちゃったけど、大したものじゃなかったし、肝心要の訓練用シミュレーターは無事やったよ」

 

『人員に大きな損害なし』の辺りで安堵の表情を浮かべた一同だったが、『訓練用シミュレーターは無事』の辺りで(特にスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人が)微妙な表情を隠すことができなかった。

 

不味い、こんな表情をなのはさんに見られたら。他3人よりも早く自分の表情に気づいたティアナがはやての横にいる高町なのは隊長を盗み見る。

 

なのはは険しい顔をしていたから一瞬焦ったが、どうも違う方を見ていたらしくティアナと目が合うことはなかった。むしろ、なのはの更に横にいるヴィータ副隊長がこちらを睨みつけていた。

 

「お前らいい度胸だ。覚悟、出来てんだろうな」

 

念話を使ったわけでもないのにそう言われた気がして、ティアナは肝を冷やした。墓穴を掘ったらしい。

 

「それで、みんな気にしてるであろう巨大ロボットなんやけど」

 

ヴィータの視線から逃れるチャンスを得たティアナは、はやての方に向き直る。

 

「関係各所との協議の結果、当面の間、あのロボットの管轄はうちになりました。ほんまはレリック専門のうちはお門違いなんやけど、一番近いのはここだし、ほかのところは次元転移現象絡みで混乱しとるからな。みんな、言いたいことはあるやろうけど、我慢したってな」

 

一番言いたいことがあるのは部隊長なんだろうなと、ティアナはそう感じた。

 

この機動六課という部隊は非常に複雑な経緯で設立された組織だ。組織系統上、ミッドチルダ地上本部に連なる機動六課だったが、実際には管理局本局とベルカ聖王教会の異常なまでの“介入”によって作られていた。元より本局や聖王教会と軋轢がある地上本部とその隷下部隊にしてみれば、六課は対立する者たちからの刺客のように見えるのだろう。程度の差はあれ、他の部隊からの扱いや心証はあまりよくない。

 

噂レベルの沙汰話だったが、地上本部代表のレジアス・ゲイズ中将が機動六課を潰すため不正な査察を仕込もうとしている、などという話がまことしやかにささやかれている始末だった。

 

関係各所との協議という割にたったの30分で話が付いたのも、面倒を嫌った他部隊が押し付けてきたからかもしれない。

 

ティアナがマルチタスクで考え事をしていたところ、会議室のドアからグリフィス・ロウラン准陸尉が入ってきてはやてに耳打ちする。表情をやや険しくしたはやてが一言二言言葉をかけると、グリフィスは退出した。

 

「とりあえず、ここはこれでお開きにします。スターズとライトニングは別命あるまで待機。隊長陣はここで緊急の会議を行います。では、解散」

 

グリフィス准尉は何を報告しに来たんだろう。

 

ティアナは疑問を感じつつ、敬礼をして自分の持ち場へ去っていった。 

 

 ※ ※ ※

 

「生命反応? あのロボットから?」

 

高町なのは一等空尉はグリフィスからの報告をオウム返しで聞き返した。

 

「はい。サーチャーによる調査の結果、ロボットの上部、人間で言えば首のあたりに生命反応が確認されました。出現から45分が経過した現在でも動きはありません」
「普通に考えたら、パイロットが乗ってるってことになるけど……」
「まさか、あれが生きてるって訳じゃねぇよな」

 

腕を組んだヴィータが口を挟む。

 

「いえ、反応は中心部から外れていますし、エネルギーも機体の大きさに比してあまりにも小さい。生命反応はロボット自体のものではないというのがロングアーチの結論です」
「んー、じゃあやっぱパイロットと考えるのが妥当か」

 

大して面白くもなさそうな顔で唇を尖らせる。部下たちの前では厳しい態度を崩さないヴィータだが、本来はもっと見た目通りの子どもらしい性格をしている。なのははヴィータの素を久しぶりに見た気がして微笑んだ。

 

「それともう一点、重要な報告があるのですが……」

 

さっきまではきはきと報告を行っていたグリフィスが口よどんだ。上座に座るはやても心なしか沈んだ顔をしている。

 

「実は、ロボットの周辺から一定の水準を超える放射線が検出されました」
「ほ、放射線!?」

 

あまりにも予想外な単語を聞いて、なのはは思わず腰を浮かしかけた。

 

もちろんなのはも放射線は自然界に普遍的に存在しており、それは他次元世界といえども変わらないことは一般的な科学知識として知っている。とはいえ、核兵器原発も存在しない管理世界で殊更その単語を聞くことになるとは思いもしなかった。

 

折しも、なのはやはやての故郷である日本では、数年前の震災に伴う原発事故で大きく取り上げられ問題にもなっていた。

 

「環境や人体に対して直ちに深刻な影響が出るほど強いわけではありませんが、防護服かバリアジャケットの着用がなければ、接近は推奨できません」
「とはいえ、このまま放っておくわけにもいかん。ここは民間の港湾施設に近い。幸いロボットは航路からは外れているが、かなり目につきやすい位置にある。移動するにしろ隠すにしろ、管理局がこのまま放置していては、市民にいらぬ不安を与えるだろう」

 

シグナムが周辺情報と撮影された画像が表示されているモニターを見つめつつ指摘する。時間帯的に、すでに民間企業なども始業している頃だ。シグナムの言う通り、公的機関から何かしらのアクションがなければ、偶然見かけた人がパニックになる危険もあった。

 

「それに、仮にパイロットがいるのなら早く回収すべきだ。誰が貧乏くじを引くにしてもな。負傷している可能性もある。もしアレに放射線を帯びるような特別な事情があるなら、パイロットから直接聞きだせばいい」
「そうやな。……たしか、災害担当突入部隊は放射線対応の研修もやっとったよな……」

 

スバルとティアナは六課に来るまで災害担当の部署にいた。放射線関連の経験は(そもそも放射線災害がミッドでは少ないので)浅いだろうが、まったく無経験なエリオやキャロを遣るよりは堅実だろう。救助任務であれば、なおのことだ。

 

「スターズ分隊は調査を目的としてロボットに接近、必要があればパイロットの救助を。ライトニング分隊は緊急時の応援と、ガジェットが出現した場合に備えて本部にて待機とします」
「了解」

 

部隊長たるはやての指示を受けた幹部一同は、自分の部下たちを率いるべく会議室から退出した。

 

 ※ ※ ※ 

 

青い海の上を、蒼い帯が駆け抜けていく。

 

その帯、ウイングロードの上をティアナを背負ったスバルが高速で滑走していた。さらに上空には、なのはとヴィータが飛行している。

 

目標は今朝がた出現した正体不明のロボット。高町なのは一尉以下スターズ分隊に下された命令は、先行調査とパイロットの救助だった。調査と言っても具体的な計測などは後続の技術班が担当するで、彼女たちがすることといえば目視による危険性の確認くらいである。主目的は救助だ。

 

近づくにつれてその大きさがはっきりしてくる。全長50メートルほど、ビルで例えれば12階建てに相当する。海面下に隠れている部分があるので見える範囲ではもう少し低いが、丸みを帯びた有機的な装甲と、何より威圧感のある頭部がそのシルエットをより大きく見せていた。

 

「わぁー、近くで見ると大きいねぇ」
「あんたね……」

 

戦場や災害現場のように破壊や悲嘆の痕がないせいか、スバルが気の抜けた声を上げる。居心地が悪そうに身じろぎするティアナは呆れたが、抜けるような青空と穏やかな海、バリアジャケットがなくても快適に過ごせそうな気温のもとでは無理もない。

 

しかし、それを耳聡く聞いたヴィータがわざわざ近づいてきて咎めた。

 

「アイツが何者かわかってねぇんだ。気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
「はい」

 

さすがに上官からの叱責には慇懃に応える。訓練中にアームドデバイスグラーフアイゼンで殴り飛ばされたことを思い出して身震いした。

 

それを見たヴィータは、ふんと鼻を鳴らしてもとの位置に戻っていった。

 

約一名が冷や汗をかきつつも、一同は目標地点に到着した。さらに間近で見ると、戦闘後のデバイスのように大小様々な傷が刻まれているのが見て取れた。

 

「先に生命反応の方を確認しよう」

 

なのはの号令のもと行動が決められる。サーチャーでは大雑把な位置までしか把握できなかった。ヴィータはそのまま飛行して周辺警戒に当たり、なのは、スバル、ティアナは手分けをして内部への入り口を探す。

 

入り口が見つかるまでさほど時間はかからなかった。

 

「ここから中に入れそうじゃないですか?」

 

そこを見つけたのはティアナだった。ハッチらしき窪みの右には梯子が、左側にはコントロールパネルらしき蓋と丸いレバーがある。生命反応がある場所とも一致する。

 

連絡を受けて飛んできたなのははそこに書かれた文字を見て一瞬驚き、考え込むような表情を見せたが、すぐ現場指揮官の顔に戻りティアナにコントロールパネルを調べるよう指示した。

 

ティアナがレバーをひねると蓋がせりあがってくる。開いてみるとテンキーがあった。ランプが点灯しているので機能しているようだったが、当然暗証番号などわかるはずがない。正攻法で開けることはできない。

 

ならばハッチそのものをこじ開けようとスバルが手をついて押したり上下左右にスライドさせようと試みたが、ハッチはびくともしなかった。

 

「どう、開けられそう?」
「無理ですね。取っ掛かりもないですし……。魔法で破壊した方がよくないですか?」

 

スバルは代案を示したが、なのははそれを制した。確かに非殺傷設定を解除した攻撃魔法を使えば破れなくはないかもしれないが、内部の構造がわからない以上、中にいると思われるパイロットに危害が及ぶ可能性がある。慎重な行動が求められた。

 

なのははレイジングハートで撮影した画像を送信しつつ、本部に通信をつなげた。

 

本部HQ、スターズ1。内部へのハッチとコントロールパネルらしきものを発見するも、開口不能。指示を待つ。送れ」
〈スターズ1、本部HQ。技術班をヘリで向わせます。その場で待機してください〉
「スターズ1、了解。待機する。終わり」

 

六課本部ロングアーチとの通信を終えたなのはが部下二人に振り返る。

 

「シャーリーたちが来るって。しばらく待機しよう」
「はい!」

 

元気よく返事をする後輩に満足げに頷いたなのはは、魔法陣型の足場を形成した。足場ならスバルのウイングロードでもいいが、魔力保持量に余裕のある自分が負担した方がチーム全体の利益になる。今でこそ個々の基礎訓練に比重を置いているが、ゆくゆくはそうした全体を俯瞰した視点を持てるような教導をしようと考えていた。特にティアナ・ランスターがその要である。

 

そのティアナは、目の前の傷だらけロボットをよく観察し、少しでもこの未知なる存在を知る手がかりを得ようとしていた。そうした積極的な姿勢は、なのはに自分の目に狂いはなかったという確信を深めさせた。

 

一方のスバルは、ハッチを見た時になのはが考え込むような素振りをしているのが気になっていた。

 

「あの、なのはさん。なにか気になることでも?」
「あ、いや、ここに書かれてる文字、私の出身世界にあるのに似てるなって思って」

 

銀色の装甲を眺めていたティアナも振り返り、不思議そうな顔をする。なのはの故郷、第97管理外世界・地球は魔導技術のない管理外世界の中では比較的発展していることで知られる。しかし、ここまで巨大なロボットを作れるほどなのか。

 

「じゃあ、このロボットはなのはさんの世界から来たってことですか?」
「うーん、そうなのかもしれないけど……でも、こんなのが開発されてるなんて聞いたことないし……」

 

はっきりしないなのはの視線を追って、スバルとティアナもその文字を見遣る。どことなくミッドチルダ文字に似ているような気がするが、意味は読み取れなかった。

 

「これ、なんて書いてあるんですかね?」
WARNING警告CHECK SAFETY DEVICE OF RADIOACTIVITY放射性物質の安全装置を確認せよMFS STAFF ONRYMFSスタッフ以外立ち入り禁止……MFSっていうのが何かわからないけど、たぶん、このロボットのことなんじゃないかな」

 

なのはが自信なさそうに推察を述べる。スバルは憧れの存在であるなのはが堂々としていない姿を初めて見たので、目を瞬かせた。

 

地球の技術力でこれほどのロボットを作れるものなんですか? ティアナがさらに尋ねようとしたが、そのことに気付かなかったなのはは誘導のためヘリの方へ飛んで行ってしまった。

 

そのことは、今は鳴りを潜めていたティアナの胸のドロッとしたものを少しだけ刺激したが、生唾を飲み込み、彼女はあえてそれを無視した。

 

 ※ ※ ※

 

できるかぎり接近したヘリから、防護服に身を包んだ技術班の局員が魔法陣の上に降り立つ。その手には、電子ロックを物理的に破壊することなく解除するキーセンサーが抱えられている。

 

局員はキーセンサーからコードを引っ張り出し、先端についているボタンほどのパッチをテンキー周辺へ貼り付けていく。キーセンサーを操作すると、ややあって音を立てハッチが開いた。

 

「じゃあ、先行します」

 

ティアナとなのはが頷いたのを確認し、スバルは狭いハッチの中に身体を滑り込ませた。

 

スバルが足に装着するインテリジェントデバイス・マッハキャリバーはローラーブーツの形状をしており、滑走用の車輪が備わっている。格闘術シューティングアーツを主体とするスバルにとっては機動力を高めるための重要なパーツだが、身体を屈めなければ通れないような狭さでは役に立たない。現在は車輪が回転しないようマッハキャリバーに制御され、踏ん張りが利くようになっている。

 

天井には照明らしきものが等間隔で並んでいたが、機能していないのか通路は暗い。そのせいで右側の壁に手をついて前に進んでいたスバルはSafety Device Of Radioactivity放射能除去装置と書かれた赤いボタンに気づかず押し込んでしまった。

 

「うわっ! ~~~っ!」

 

四方から勢いよく煙が噴出される。慌てて後ろに飛びすさったスバルは頭を強かにぶつけた。

 

「スバル、大丈夫!?」

 

後ろの入り口からティアナとなのはが心配そうな顔を覗かせている。

 

「あたしは大丈夫です! でも……」

 

打った頭はバリアジャケットの保護機能のおかげで痛みはない。ただ、吹きかけられた煙は何なのか。正体のわからなさがスバルを苛んだ。

 

『周辺の放射線量低下。どうやら、今の噴霧煙は放射線を除去する装置のようです』
「除去……やっぱり、放射性物質で汚染されているところで活動するためのものなのかな……」

 

マッハキャリバーの報告を聞いたなのはが考察するのを念話越しに聞く。

 

ロボットの正体は気になるけど、それを考えるのはあたしの役割じゃない。そう考えたスバルは頭を振って意識を切り替えようとした。

 

改めて前を向くと、奥の部屋の中で座る人影を見つけた。その人影は背もたれに力なく身体を預け、ぐったりとした様子で座っている。体格からして女性だろうか。あれが目標のパイロットだ。

 

スバルはすぐさま、そのコックピットと思しき狭い部屋の中に飛び込み、ヘルメットの中の顔を覗き込んだ。女優をしていても不思議ではない、綺麗な顔つきだった。

 

「救助の者です! あたしの声がわかりますか?」

 

反応はない。スバルは最悪の事態を想像して息をのんだ。

 

『バイタルチェック、問題なし。気絶しているようです』
「良かった……。こちらスターズ3、要救助者を発見! 外傷は見当たりませんが、意識がありません。直ちに護送します!」
「スターズ1、了解。ティアナもお願い」
「わかりました。スバル、いま私もそっちに行く」

 

背後でティアナが移動してくるのを感じつつ、パイロットを移動させるため抱えて座席から降ろす。グレーのつなぎと黒いアーマー越しに、人間の肉体が持つ固さと柔軟さが伝わってきた。その身体は端正な顔立ちとは裏腹に、引き締められた戦士のそれだ。戦闘要員、それも積極的に前に出て直接敵と打ち合うフロントアタッカーであるスバルから見ても、非常によく鍛え抜かれていると思わせた。

 

一方で、機体の大きさの割にシートベルトなど身体を固定させる装備がないことに疑問を覚えたが、そういうことはあとで報告書に書けばいい。今は要救助者のことを第一に考えなくてはならない。

 

「あー、結構狭いわね」

 

通路から顔を突っ込んだティアナが独り言ちる。

 

三人入るには手狭な部屋の中で、なんとか 拘束魔法バインドを応用した即席の担架に乗せることができた。パイロットも自分たちも比較的小柄だったから良かったものの、ガタイの良い男性だったらもっと苦労したに間違いない。

 

「せい、のっ」

 

息をそろえて、担架を持ち上げる。

 

その時、ふと何かの気配を感じてスバルは後ろを振り返った。しかし、部屋の中を見渡しても暗いモニターやコンソールがあるだけで、自分たち以外には誰もいない。作戦前の要旨説明ブリーフィングでも生命反応は一人分しかないと説明されていたから、他に人はいないはずだった。

 

「ほら、行くわよ!」
「あ、ごめん!」

 

ティアナの怒鳴り声で気を取り戻す。

 

モニターに映り込んだ自分の姿に反応しただけか。いまひとつ釈然としないながらも、そう自分を納得させて、スバルは担架を押し出した。

 

パイロットを通路に運び出した瞬間、部屋の中のモニターが一瞬だけ点灯したが、スバルもティアナもハッチから入り込むヘリの音と風に気を取られ、そのことに気付くことはなかった。

 

 ※ ※ ※

 

スターズ分隊によって救出された女性パイロットは、洗浄の後すぐさま医務室に運ばれた。検査の結果、胸部や腕部に打撲が見られるだけで大きなけがは見当たらず、また放射線による健康への影響も(今の時点では)確認されなかった。現在は医務室のベッドに寝かされ、意識の回復を待つ状態である。

 

「それで、あのパイロットさんの正体はわかったんか」

 

部隊長室へ報告をしにやってきた副官のグリフィスと医官シャマルに対して、はやてはやや気疲れした表情を向けた。そうでなくても多い通常業務に加えて、文字通り降って湧いてきたロボット関連の諸事をこなすのにいっぱいいっぱいになっていた。隣の部隊長補佐室では、リインフォースツヴァイ が目を回しながら残りの書類を片付けている。

 

「身分証らしきものを所持していました。これがその写しです」
「ん、日本語やんか……。家城、茜。階級は3尉。日本人、それも自衛官さんか」

 

空間投映ディスプレイに写された画像を一瞥したはやてが渋い顔をする。そこには日本語で階級、番号、氏名、赤く大きい幕僚長印、そして顔写真が載せられていた。これらは、パイロットの所属が日本国自衛隊であることを表していた。

 

極めてまれに、ある次元世界の住人が何らかの理由で時空を超えて別の世界に迷い込んでしまうことがある。この事象に巻き込まれた者を次元漂流者と呼び、次元漂流者を保護及び送還させることも時空管理局の任務の一つである。

 

今回問題となるのは、保護した女性パイロットが管理外世界である地球からやってきた可能性がある点である。

 

これが管理世界から管理世界へ飛ばされたのであれば、所定の手続きをしたうえで元の世界に送り返せばそれで終わる。一応原因を調査することにはなっているが、ロストロギアの暴走など違法性や事件性が高いと判断されなければ、基本的にそこまで大ごとにはならない。

 

しかし、管理外世界からの漂流となると話が変わってくる。時空管理局が定める法では、無用の混乱を避けるため管理外世界との接触は原則として禁じられている。はやて自身は地球の出身なので例外的な存在なのだが、それゆえに管理外世界の住民との接触がどれほど慎重であるべきか、肌感覚で理解していた。

 

しかも、一般市民であれば無闇に口外しないよう要請するだけで済むが、相手は政治中枢に近い立場にある自衛隊員である。ロボットにしても、管理世界では禁忌である質量兵器に該当する可能性がある。その取扱いを含め、多くのことを話し合わなくてはいけない。

 

はやては覚悟を決めた。ところが、さらに追い打ちをかける指摘がグリフィスからなされた。

 

「えぇ。ただ、気になる点が」
「ん?」
「この部分、特生と書いてあります。日本に特生自衛隊なんてありましたか?」

 

映された身分証のうち、特生と書かれた部分を強調するマーカーが引かれる。『特生』自衛官身分証明書、上記のものは『特生』自衛官であることを証明する、防衛庁『特生』幕僚長印……。この部分は所属する部隊を示す。例えば、陸自であれば陸上自衛官身分証明書、といった具合である。これを信じるのであれば、家城茜3尉は特生自衛隊なる部隊に所属していることになる。しかし、そんな部隊があるのか。

 

はやてが知る限り、自衛隊には陸上、海上、航空の三部隊があるだけで、特生自衛隊という組織はない。それに、防衛庁は8年前の2007年に防衛省に格上げとなっている。昇格直後ならともかく、何年も前の形式の証明証をもっているのは不自然だった。そもそも、2007年以前にも特生自衛隊は存在しない。

 

「偽装、もしくは映画か何かの小道具って可能性は?」
「もちろんその可能性はありますが……そうなると、あのロボットのことが説明できませんよ。張りぼてというわけでもないでしょうし」
「そうやなぁ……」

 

考えれば考えるほど、家城茜という人物の正体が謎めいてくる。結局、本人から直接聞くしかなさそうである。

 

「家城3尉、あなたは一体どこの日本から来たんや……」

 

画像の中の女性はカメラ越しにこちらを睨みつけるだけで、はやてのつぶやきには応えなかった。

 

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